【検証】北大「創基150周年」を考える
―北大がアイヌに負う現在の責任 私たちは巻き込まれただけなのか part3

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3⃣活動に問題があると判明した後に、大学として率先した倫理的な対応がとられなかったこと(現代)

今を生きる私たちは「巻き込まれている」のか 現在の北大の一員としての責任 地図に描かれない「アイヌ納骨堂」

このように「北大とアイヌの関係」を証明する場所が文字・記号化されないことで、観光客の目に留まることは無くなる。それどころか、アイヌが守っていた自然環境と彼らの歴史を蹂躙(じゅうりん)した過去が眠るキャンパスに通う北大の教職員と学生の大半が、その事実を意識せずに大学生活を送ることになる。同時に忘れてはならないのが、北大が過去に行った植民地主義的な研究活動の象徴である「アイヌ納骨堂」だ。

この納骨堂は、その存在が積極的に語られないことで、過去の問題を不可視化している北大の姿勢もまた象徴している。

大学の公式キャンパスマップに施設名としてアイヌ語が併記されるようになる一方で、アイヌ納骨堂は存在を地図に記載されたことすら無い。

その理由を施設図やキャンパスマップを作成する、北大医学系事務部と北大社会共創部にメールで問い合わせた。北大医学系事務部総務課庶務担当は「一般の立ち入りはもとより、本学の教職員であっても立ち入りを禁じている施設である」とし、今後もキャンパス地図に納骨堂を掲載する予定はないと回答した。北大社会共創部広報課も「一般の方や観光客の方にも(中略)構内をわかりやすくお伝えできるような図面としており(中略)(キャンパスマップに)掲載しない場合がございます。」とし、掲載しない例として、教職員も立ち入りが制限される施設や防犯上重要な施設を挙げている。そのうえでアイヌ納骨堂に関しては掲載したことも、今後掲載する予定もないと回答している。

しかしこの回答では、なお疑問が3点残る。

1つ目は地図への不記載によって「防犯」目的が達成されているのか怪しいということである。確かに北大は現在もアイヌ遺骨を巡る訴訟を抱えており、納骨堂には係争中の遺骨が眠るものの、人目から隠された場所にあるわけではないうえ、入り口には「納骨堂」の看板がある。地図に記載しなくとも、防犯対策を講じる対象の第三者から、納骨堂を隠し通すことはできないのである。そうなると「納骨堂の記載は防犯上不可能」とも言い切れないことに留意したい。

2つ目は建物の名称のみならず、シルエット自体を地図に記載しない理由が不明だということだ。広報課は「わかりやすさ」を理由に掲載する建物を取捨選択したという趣旨の回答をしている。しかし例えば農場の倉庫さえ描かれているにもかかわらず、倉庫よりメインストリートに近く、目に留まりやすい納骨堂は描かれていない。北大がアイヌと真摯に向き合う過程で、納骨堂の姿だけでも記録しておきたいという意見は挙がらなかったのだろうか。

3つ目は仮に「防犯」「わかりやすさ」のためにシルエットを描かない判断に目を瞑るとしても、キャンパスにアイヌ人骨が保管されている事実すら付記しない理由が不明だということである。防犯の都合上具体的な場所が記載できないとしても「北大ではアイヌ遺骨を墓地から収集した過去を顧み、キャンパス内に納骨堂を設け慰霊を行っています」などの説明を地図に書くなどのアプローチがあって然るべきだろう。

以上の疑問点を踏まえると、アイヌ納骨堂の記載に対する改変の余地はある。少なくとも北大は、積極的に遺骨とアイヌ納骨堂の存在を周知する姿勢が薄いと判断すべきだろう。

その結果として、構成員が遺骨問題に「関心」を持つことが難しいという現状がある。

北大構成員として何ができるのか アイヌ・先住民研究センターと学内の動き

ただ、北大とその構成員がアイヌ問題に対して全く無関心だった訳ではない。

2005年12月の北海道大学シンポジウム「先住民と大学」における講演において、中村睦男総長(当時)はアイヌ文化振興法(アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律)の制定に、多くの北大の教員が専門家として尽力したことに触れた。

さらに、前述の医学部の遺骨収蔵や文学部が管理していた古河講堂での人骨発見事件をあげ、「北海道大学は、民族の尊厳 に対する適切な配慮を欠いていたことを真摯に反省する」とし、「これらの経験を深く記憶に刻み、その上で今後の進むべき方向を検討し、自らの責務を果たしてまいりたい」と述べた。北大が大学組織として公式に過去の研究活動について「反省」を行ったのはこの宣言が初めてであり、20年近く経った今でもこの見解は引き継がれている。

北海道大学アイヌ・先住民研究センター正面とその看板。看板にはアイヌ語も併記されている。(11月18日)

「北海道大学アイヌ・先住民研究センター」はこの宣言に基づき、2007年4月に設置された研究機関。アイヌ民族や各国の先住民族に関する研究に特化した国内唯一の研究拠点として、多様性社会への寄与を目標としている。

ただ、前述の中村総長の声明の、アイヌに対し反省に留める姿勢も現在にそのまま受け継がれている。

教職員有志の動き 「北大とアイヌ」を考える会

また、教員有志が、2019年のウポポイへのアイヌ遺骨集約の際の会見で「謝罪と反省は別」とした笠原総長職務代理の発言を受け、「アイヌ遺骨問題にする北海道大学の『謝罪』を求める要望書」を作成。数字の部局に所属する50人の教職員が呼びかけ人となり、43人が賛同し、2020年3月に笠原総長職務代理(当時)宛に提出している。

教員有志は2020年1月に「『北大とアイヌ』を考える会」を結成。連続学習会として、北大とアイヌの関係について勉強会を開いている。また、「『北大とアイヌ』を考える会」は2020年の総長選において、総長候補と公開質疑を行ったほか、2022年4月1日にアイヌ共生推進本部に要望書を有志らの手により提出するなど、学内に対して継続的に働きかけを行っている。推進本部は、「大学の敷地の来歴を『北大150年史』の中で明示的に取り上げる」ことや「アイヌ民族の歴史と関わりの深いキャンパス内の土地に説明板や碑などを設置し、学生・教職員・市民に歴史的事実の周知を図る」といった要望に対して、「速やかに着手したい」と回答した。だが、その進捗は「創基150周年」まで1年に迫る現在でも「未達成」と言わざるをえない。

「アイヌ遺骨問題に関する北海道大学の『謝罪』を求める要望書」。50人の教職員の呼びかけ人のもと、笠原総長職務代理(当時)に直接提出した。(「アイヌ遺骨問題に関する北海道大学の『謝罪』を求める要望書」HPより)

都合の良い「過去との決別」は許されない 本当にenlightするべきもの

しかしながら、現代に残る最大の問題は「当事者意識」にある。現在の北大医学部をはじめとする大学側が謝罪や遺骨返還、キャンパス内での歴史教育に踏み切れない要因の1つが「私自身はアイヌ差別と直接的には無関係なのに」という思考にあるのかもしれない。実際、遺骨返還運動では、北大の運営方針を決める上層部が動いたのは、マスコミの報道を受け公式な対応を求める社会的要請が強まった後だった。
そして北大は今も、アイヌとの間に抱える問題に対して「世間が動けば私たちも動く」という後手後手のスタンスを取っている。これがアイヌに対する真摯な対応とは到底言えないが、自身が関与しなかった行為に責任を負いたくなかった心理も想像に難くない。

だが本当に現代の北大構成員に責任が無いと言い切ることはできるのか。小田教授はオーストラリアの歴史学者テッサ・モーリス=スズキによる「連累」の概念を引用する。

つまり歴史に立脚する北大という組織に身を置き、かつてアイヌコタンであった土地で学び、収集された遺骨とともに暮らす以上、北大構成員全員がアイヌ問題から目を背けてはいけないということだ。 もちろん、こうした視点には反発が生じるだろう。「入学・赴任の段階では、北大がアイヌ問題を抱えていることを知らなかった」という人が大半かもしれない。だが教職員・学生は北大に所属し、「北大が存在する」という恩恵を受けている。恩恵に付随する責任を放棄することはできない。むしろ今真摯にアイヌ問題と向き合うことは、「社会的に恥ずかしくない北大になれるチャンス」と小田教授は指摘している。150周年は、大学を研究・教育機関として問い直す良い機会ではないか? 過去への責任を負うのではない、現代への責任を負うのである。

正門横にある、創基150周年を記念する看板。(撮影:2月3日)

「Ambition to enlighten the world」。創基150周年の看板にはそう書かれている。「enlighten」を「啓発する、新しい視点を生み出す」の意味で用いたのかもしれない。しかし、アイヌのコタンを排除し、遺骨を”収集”するなど先住民の人間性を無視する、植民主義的な流れに同調し、時にそれをけん引してきた北大が「enlighten」を語る時、それはどう捉えられるのだろう。

開拓使仮学校に端を発し、アイヌコタンの排除など、北海道の「開拓」と密接に関わってきた北大。確かにその「反省」と多様性社会への参画に向けて歩みを進める一方で、根本的な「謝罪」には至らず、あくまで多様性の一環として先住民を捉えるのみだ。

北大が本来的な意味で多様性と包括性に立脚した大学になるため、これまでの「暗部」こそenlightするときが来ている。

(取材・撮影・執筆:「北大『創基150周年』を考える」取材班 高野・古谷)

読者の皆様へ

北大新聞は復刊後数年内に起きた、ウポポイへのアイヌ遺骨移送や保健科学研究院所属の教授(当時)のアイヌに対する不適切発言などのニュースについて、報道を行うことができませんでした。組織の脆弱性・不完全性のため適切なリスク管理が難しく、読者の皆様に確実な情報をお届けできないと判断したためです。そこで組織的基盤が固まった今、「【検証】北大創基150周年を考える」を企画立案しました。ただ発表に至るまで依然として部内外に多くのハードルがありました。
「創基150周年」をただ「批判する」のではなく、歴史問題を一端として多くの課題が残されている北大が今後、全ての北大構成員の手で、「包括性のある総合大学」を目指すために必要なことは何か、それを熟慮する機会としてこの連載を立ち上げています。記載内容については専門家の助言を受けつつ、検討を重ねて参りましたが、不備やご意見などございましたらhokudaishinbun【@】gmail.comまでお寄せください。

参考文献

・開拓使仮学校附属北海道土人教育所と開拓使官園へのアイヌ強制就学に関する研究 廣瀬健一郎
・脱植民地化のためのポータル アイヌ・コタンのある風景と遺骨の帰還 C-3 開拓使仮学校 https://decolonization.jp/article/2487(閲覧日:2024年9月21日)
・北海道大学もうひとつのキャンパスマップ――隠された風景を見る、消された声を聞く 2019年 北大ACMプロジェクト 寿郎社
・北海道大学医学部アイヌ収蔵経緯に関する調査報告書 2013年 北海道大学
・文部科学省「大学等におけるアイヌの人々の遺骨の保管状況の再調査結果」https://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/04/25/1376459_4_1.pdf(閲覧日:2024年11月19日)
・文部科学省「慰霊施設に集約された大学が保管するアイヌの人々の御遺骨の数について 令和2年10月」https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/ainu/index.htm (閲覧日:2024年11月19日)
・「身元が特定されたご遺骨の返還に係る手続」北海道大学https://www.hokudai.ac.jp/news/2016/09/post-411.html (閲覧日:2024年11月19日)
・「中村睦男元総長による声明(2005年12月11日)」北海道大学https://www.hokudai.ac.jp/pr/johokokai/ainu/20051211.html (閲覧日:2024年8月9日)
・「本学が保管するアイヌ遺骨に関する声明(2019年11月5日)」北海道大学https://www.hokudai.ac.jp/pr/johokokai/ainu/post-33.html (閲覧日:2024年8月9日)
・琴似又一郎の写真について ―北海道大学附属図書館所蔵資料の再検討― 大坂 拓