ヒグマによる被害を防ぐには 「ヒグマの会」会長に聞く

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2023年10月に北大生がヒグマに襲われ亡くなった事故を受け、北大新聞ではヒグマについての取材・報道を行っている。今回は、本学獣医学研究院教授であり「ヒグマの会」会長も務める坪田敏男教授に取材し、ヒグマによる被害を防ぐための対策について話を聞いた。ヒグマによる事故を減らすため、私たちにもできることはあるのか。

北大大学院獣医学研究院教授、「ヒグマの会」会長のほか、北大総合博物館館長も務める坪田敏男教授 (北大総合博物館館長室)

「対処」ではなく「予防」

北大新聞では2023年11月にヒグマに関するアンケートを行い、遭遇時の対処法を知っているかという点に焦点を当てていた。しかし、ヒグマに遭遇する事自体に問題がある。

ヒグマに出会った場合の対処について坪田教授は、「なかなか難しく、どういう状況でヒグマに出会うかによってかなり変わってくるため、一概には言えない」と語る。主な対処法として死んだふりをする、後ずさりして距離を取る、戦う、などがあるが、ヒグマとの距離や遭遇した場所によって適切な対処を選択するのは難しい。

そこで、そうした状況を生み出さないための予防が最も大切だと坪田教授は言う。「ヒグマは人を怖がる警戒心の強い動物なので、こちらが対応を間違わなければ襲われることはほとんどない。」としたうえで、「交通事故と同じで、事故に遭ったらどうするかではなく、事故に遭わないようにどうするかを考えるべきだ」と、予防の重要性を強調した。ヒグマのいそうな場所に行く際に、「ヒグマに出会ったらどうしよう」と考えるのではなく、「ヒグマに出会わないための準備や知識があるか」を確認するのが大切だ。

具体的には、クマ鈴を持ったり、声を出したり、手を叩いたりするのが効果的だ。ヒグマに自分の存在を知らせることで、ヒグマに避けてもらうことが重要である。また、ヒグマが出るような場所では周りに気を配り、フンや足跡などのクマの痕跡がないか注意する必要がある。

知床のヒグマ(提供:坪田教授)

新たな課題ーアーバンベアの出現ー

しかし近年、そういった対策が通用しない問題がある。アーバンベアの増加だ。アーバンベアとは市街地に出没するクマのことで、2021年には札幌市東区の市街地に現れ、4人が負傷した。

坪田教授によれば、アーバンベアの増加には主に2つの要因がある。

一つはクマの数の増加だ。全道的なクマの増加傾向によってクマの分布が広がり、山からあふれるような形で市街地に出てくるという。

もう一つはハンターの減少だ。昔はハンターが山に行きクマを追いかけまわして撃っていたが、現在そうしたハンターはほとんどいない。それによってクマの本来の「人間を怖がる」という性質が薄れつつある、と坪田教授は語る。人がクマに対してあまり攻撃しなくなったことで、人の存在が怖いものである、とクマに学習させる機会が減ってきているのだ。実際に数年前に札幌市南区にクマが出た時、クマは人家の庭先でなにかを食べていたが、人の存在を全く気にしていなかったという。こうした人を怖がらない個体はまだまだ少ないはずだが、その少ない個体が市街地に出没する恐れは十分にある。

ハンターの高齢化と後継者不足によるハンターの減少は、ヒグマの駆除体制にも支障をきたすだろう。ハンター不足の背景には、狩猟に対する社会的な関心の低さがうかがえる。特に若者が狩猟に興味を持つよう促し、人材育成していくことが急務である。

もしアーバンベアが現れたら、市民にはなすすべがない。そこで捕獲・駆除などの対応をする必要があるが、ここに課題があると坪田教授は指摘する。「人に危害を加えるような野生動物の駆除は本来行政がすべき仕事だが、日本では行政が猟友会に依頼してやってもらっている。そうしているのは日本くらいで、欧米では行政の中に銃を扱える野生鳥獣の専門家が配置されている」と語った。駆除が猟友会任せになっている現状からの脱却は必要不可欠だ。

私たちにできること

行政が行うヒグマ対策にこうした課題がある中で、私たち一般市民にできることもある。山に行く人はヒグマに出会わないように予防を徹底することが必須だが、山に入る機会のない人にとってヒグマ対策に直接関わることは難しい。

だが、ヒグマの生態について知ったり、今あるヒグマの問題や課題に関心を持ったりすることは誰にでもできる。インターネットや図書館でヒグマに関する情報は得られるだろう。また、北大総合博物館で販売されている「ヒグマ・ノート」という小冊子には、ヒグマに関する知識が分かりやすくまとめられている。まずはこれらを活用してヒグマという動物について知り、ヒグマと人間との共存について考えてみて欲しい。

ヒグマに関する情報が載っている「ヒグマ・ノート」。北大総合博物館の売店で購入できる

(取材・執筆・撮影:木本)