いちばんはじめの「専門書」第2回 奥聡先生(メディア・コミュニケーション研究院 教授)【前編】
学び直し
助手として働き始めて2年が過ぎたころ、生成文法理論はミニマリズムへと大きく発展していく時期で、日本にいながらその変化についていく事に難しさを感じていた。そのような時、米国で学位をとり、大活躍中の日本人理論言語学者2人が、立て続けに北大文学部に集中講義に来た。話を聞くうちに、本格的に勉強し直したいという気持ちが強くなり、米国コネチカット大学への留学を決意した。32歳になっており、ある先生からは「アンビシャスですね~」と驚かれたが、当時の自分はなぜか楽天的で、不安よりも期待の方が大きかった(同行することになった家族には心から感謝)。また、コネチカット大学の同期8人の中には、同い年や7歳年上もいて、大学院での学び直しは、いつからでも遅くない、という気持ちを新たにした。
留学1年目の統語論の授業は、のちに私の指導教員となるハワード・ラズニック先生。テキストはなんと、Chomsky (1958) Syntactic Structures。生成文法の出発点となった古典的な本(当時でも出版からすでに35年以上)であるが、それを毎年、授業のメインテキストとして使っているという。その内容は少しも古くなく、「生成文法」と呼ばれる理論言語学の本質をここで初めて本当にわかるようになってきた。(日本語訳『統辞構造論』は福井直樹氏の詳細な解説付(岩波書店))。コネチカット大学での4年間は、質・量ともにこれまでの人生でもっとも理論言語学の研究に没頭した(トロンボーンも持って行ったが演奏活動はほぼ封印)。毎週木曜日は、言語学科の学生みなで、何台かの車に分乗し、ボストンのMITまで片道1時間半かけて、チョムスキーの授業に参加した(誰でも参加できる授業で毎回100名くらいの学生、院生、大学の教員がいた)。そこでは、参加者からの質問も活発で、議論があり、言語理論が大きく展開していくその「現場」にいることを実感。毎回、ワクワクしながら参加していた。4年間で学位を取得し、縁あって、北大の現職場に再就職することになったが、理論言語学に対する理解は、留学前とは全く別物と言っていいほど、自分の中での変化は大きかった。また、留学時代に知り合った先生、年代の近い言語学者との人的ネットワークは、現在までも続く、貴重な財産となっている。