「北方領土系メイド」えりかさんは北大祭で、何を語る?
北大祭でにぎわう高等教育推進機構(教養棟)で、北方領土問題について啓発活動を行うメイドの姿があった。北方領土系メイド、水晶えりかさんである。「水晶えりか」とは、何者なのか?「北方領土系メイド」とは、何なのか?
和解あっての領土返還
水晶えりかさんが北方領土問題に関心を持ったきっかけとなったのは、稚内・釧路・中標津に住む中で受けた領土問題教育であった。しかし、「交流する前は、(四島に住むロシア人に対して)政治のしがらみがあり、交流するにあたり緊張感があった」と、彼女は語る。そうしたイメージが変化したのは、6年前にえりかさんが参加した、北方四島交流事業(ビザなし交流)だった。
そこでえりかさんは、「うちの子は最近ゲームしかしなくて困るのよ」と言うロシア人のお母さんと交流する。日本の母親も持っていそうな悩みだ。「ロシアの人も、同じ悩みを持つんだ」というのは、彼女にとって目から鱗だった。それは、「ロシア人も、北方四島で生まれ、死んでいく」という発見につながった。
もちろんえりかさんは、「北方四島は日本の領土」という認識のもと、その返還のために活動している。しかしながら、「もし、彼らを無理やりに追い出すことになったら、それは歴史を繰り返すだけなのでは」と彼女は懸念する。「和解あっての領土返還」が彼女のテーマになったのには、そういう背景がある。
北方領土系メイド、という取り組み なぜ北方領土系メイドなのか
では、どうしてえりかさんは、「北方領土系メイド」というアプローチで、北方領土問題に取り組んでいるのだろうか?「返還運動は今、高齢化が酷いんです」そう危機感をにじませる。彼女は、若者に北方領土問題を知ってもらうために、特に「サブカル」を介してアプローチすることを選んだ。「もともと、メイドが好きで、やってみたいという気持ちがありました。メイドのもつキャッチ―さを生かして、堅苦しい印象を取っ払いたい」と、彼女は語る。こうして、「北方領土系メイド」という、唯一無二の存在が生まれた。
えりかさんは今、内閣府が主催する「北方領土啓発次世代ラボ」への参加を通して、活動をしている。そこでは、「語り部」と「すごろく」の2チームがある。「語り部」としては、島根県の中学、道内の高等学校、大学など5校で、出前授業を行った。札幌駅前地下広場チカホでパネル展示も行った。彼女は、北方領土問題をより身近に感じてもらうために工夫している。領土問題についての知識も幅広く、分かりやすくかみ砕いて説明する。「根室と歯舞群島は3.4kmしか離れておらず、北24条駅から札幌駅までの距離なんですよ」そう、彼女は北大祭でも説明する。
活動を通じて、えりかさんはどのような手応えを得たのだろうか。「手ごたえは、あります。FM根室で三回出演させていただき、正月特番を持たせてもらったこともあります。千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)、青年会議所からパネラーとしてのお誘いも受けました」今まで、10人以上が「えりかさんだから」と彼女の活動をきっかけに北方領土返還要求署名に署名した。
北大祭での展示は物語る
北大祭の中では、パネル展示だけではなく、「北方領土すごろく」などの新しい取り組みも行った。その中で、えりかさんが心を砕いたのは、政治色を見せないことだった。「北大祭の主催者(北大祭事務局)から、展示をするのなら政治的主張はしないでほしいと言われました。X(旧Twitter)でも、一か月前から、出展の障害にならないよう政治色を抑えてきました」えりかさんはそう語る。「返還」の言葉すらも、そうした北大祭事務局への配慮から、展示パネルに書かれていない。
そうした制約があっても、えりかさんが北大祭で展示を行ったのは、「若者にアプローチしたい」という一貫した思いからだった。「二年前、北大祭に来た時、たくさんの中高生や大学生がいらっしゃって、いい場所だなと思いました」そう、えりかさんは語る。
えりかさんには、危機感がある。「今は、(返還運動にとって)過去最悪な状況」であると、返還運動に参加する身としての肌感覚を吐露する。ロシアがウクライナに軍事侵攻して以来、「まったく返還される見込みがあるように思えない」のは、ほかの返還運動メンバーにも共有された感覚だという。今回の展示では、「返還」の文字は一切使えなかった。にもかかわらず、展示の中身はこうした危機感をひしひしと感じさせるものだった。
(取材・執筆:辻川、撮影:高野)