ただ酔うだけが「飲み」じゃない 北大生プロデュースのクラフトビール、今月発売
「とりあえず生で」とばかり、口にしてきたかもしれない。「ビールの味なんて分からない、安い缶で十分だ」と思ったことが、あったかもしれない。ただ苦いだけの缶ビールには途中で飽きがきて一缶がなかなか空けられない、そんな記者でも一口飲んだら止まらない注目の新作クラフトビールが、今月ついに発売された。北大生などが中心となってレシピを考え、本学学内の「カフェdeごはん」や本学周辺の飲食店などで今月からの提供を予定する「未来開拓俱楽部BEER」だ。圧倒的に飲みやすくも本格的な一本の裏側に、記者が迫った。
記者も試飲、そのお味は…?
暑さも厳しい9月1日、札幌市内で学生向けに開かれた完成記念のパーティーで記者も一足早く新作を口にしてきた。その最大の特徴は、香りだ。
コップの中でフワフワと揺れる泡の中に記者がそっと唇を浸すと、ライムを思わせる爽やかな香りが鼻をくすぐる。そのままグッと飲み干すと、桃やオレンジのような華やかな香りが喉の奥から鼻へとフッと抜けていく。フルーティーで甘いホップの香りを、舌にくるわずかなホップの苦みが最後にキュッと優しく引き締めた。個性はあってもくせがない一杯は、学内の「ジンパ」にも河川敷で見る花火にも自宅での晩酌にも間違いなく合うだろう。
本格的なクラフトビールなのに飲みやすいというのは、もちろん狙ったものだ。「ビールに詳しい学生からほとんど飲まない学生まで集めて、みんなで大手のビールを8種飲んで比べました」と話すのは、レシピ開発の中心となった今回の仕掛け人、宮地帝輔(たいすけ)さん(農学部4年)だ。「苦みや甘み、うまみにアルコール度数などを比べた上で、クラフトビールになじみがない人でも飲みやすいのはどんなビールか探していきました」と語る宮地さん、今回使ったホップはなんと「20種以上から選んだ」という。
「クラフトビールは最近ブームだけど、よく知らない人が実際に手に取って飲むにはやっぱりハードルが高いと思います。なんでこんなのに、ラーメン1杯分のお金を払うんだろうって。だからこそ、今回はこれからクラフトビールが好きになる人の『1本目』を目指しました」
ドイツのビールは、ほぼ飲んだ
いかにして宮地さんは自分のビールを作る夢を叶えたか、その道のりを紐解こう。
いつもと違うビールを、スーパーで買って飲むのが好きだった。そんな普通の「お酒好き」だった宮地さんに最初の転機が訪れたのは、去年の6月ごろだ。
「1年間、大学を休学して農業研修でオランダに行くことにしました。アメリカに1年行ったあとで大学をやめて起業したバイト先のオーナーさんと、英語もトルコ語も話せないのにトルコに3ヶ月行ってきた友達の影響です」
「日本でいう技能実習生みたいなやつ」だったと語る宮地さんは、キャベツとレタスの畑でひたすら農作業をした。発送作業をしていた冬には、気温が0℃を下回り川の上でスケートができた日もあったという。
そんな激務の合間に訪れる休暇を使って飲みに出かけた欧州各地のビールに、魅了された。
「イギリスにいる日本人の先輩とパブを巡ったのは楽しかったです。ドイツはオクトーバーフェストがありますし、ベルギーでは領民に配る酒を修道院が造ったことから始まるビールもあったりしました」
オランダへ渡る以前からインスタグラムで開設していた「ビールアカウント」は、一気に美酒の写真で埋めつくされた。
「『日本での生活を変える必要はない、これまで毎晩飲んでたんならここでも毎晩飲んでいいよ』と滞在先のホストファミリーの方がとても優しかったので、仕事から帰ってからもビールを楽しんでました。オランダ・ドイツのビールはほぼ飲んだので、投稿数がかなり稼げて今500くらいいってます」
諦めなかった、自分のビール
帰国後、宮地さんはビールサークル創設に向け奔走する。ヨーロッパで様々なビールを飲んできた経験を日本で活かす場がほしい、と考えたのだ。札幌市内のビアバーを回って、チラシを貼ってもらうことと働きにきた学生にサークルを紹介してもらうことをお願いしたという。こうして立ち上がったのが、北大ビールサークル「Be Are kids」だ。
「ありがたいことに各店で声をかけてくださったようで、他大の学生とも一緒になれて10人ほどからスタートしました。普段は、ビアバー巡りや勉強会などをやってますね」
日本に戻った宮地さんを待っていたのは、ビールをたしなむ学生たちだけではない。オランダ滞在中に知人のSNSで知った本学のサークル「未来開拓俱楽部」に入会し、顧問を務める本学副理事の土屋努特任教授と出会ったのだ。札幌市内の醸造所に人脈をもつ土屋特任教授から「ビールの生産から販売までの流れを知ったら、ビールサークルで語れることもグッと増えるはず」と言われ、自分のビールを作る夢が実現できるかもしれないと思うようになった。
とはいえ、独自のビールを醸造してもらうには相当額の費用がかかる。「1樽で数十万、と聞いて一度は諦めかけました」と、宮地さん。
そんな宮地さんの背中を再び押したのは、未来開拓俱楽部のメンバーだった。「ビールを作りたい」と声をかけたところ、意外にも30人ほどが話を聞いてくれたのだ。「作りたいビールの話をして協力者を募ったら、10人くらいが2、3万円ずつ出資した上で開発の中心メンバーになってくれました」と宮地さんは語る。醸造費用とともに新たな仲間を得たことで計画は進展、ビール完成にこぎつけた。
ビールの泡が、おいしい
そして迎えた、9月1日。この日のパーティーも自分たちでゼロから企画したという宮地さんに、ある一般の学生が「ビールの泡がおいしい」と感想を告げた。
「泡に感動するなんて、なかなかないじゃないですか。普段とは違うビールの美味しさを来てくれた人がしっかり味わってくれて、本当に嬉しかったです」
学生の宴会ともなると、多量の飲酒と泥酔だけで終わることも多い。そんな「飲み会」もいいけど、と前置きしつつも、最後に宮地さんは「酔っぱらうだけじゃないですよ、ビールって」と口にした。
「クラフトビールの香りは、鼻に直接くるだけじゃなくて口からも鼻に抜けてきます。そんなように人間の感覚に気づく、『たしなむ』『味わう』楽しみだってある。ちょっと大げさに言うなら、ビールを飲んで『僕はAIじゃない、生身の人間だ、生きてるんだ』って思ってくれたら面白いですね」
(取材・撮影・執筆:田村)