下水からコロナ流行の兆候をつかむ ―工学研究院 北島正章助教【北大のコロナ研究】
北島正章助教は、下水中の新型コロナウイルスを検査する手法とその活用について研究を行っている。北島助教の専門は環境ウイルス学で、下水などの水の中のウイルス、特にノロウイルスなどの腸管系ウイルスの検出や検出法、そしてそのデータから感染流行状況を推定することやウイルスのリスク評価を普段研究対象としている。
こうした下水をモニタリングすることで特定の地域における疫学情報が得られるという「下水疫学」の観点から新型コロナの流行状況を把握することなどを目指しており、感染拡大防止につながる可能性や、流行収束の判断材料としての活用が期待されている。
下水中の新型コロナについて調査を始めたのは3月初め。それ以前から新型コロナについては論文などで情報を得ていたが、最初は呼吸器系のウイルスであることから下水疫学的なアプローチができるとは思っていなかったという。
しかし次第に、新型コロナ感染者の糞便からウイルスが検出されたなどの研究報告が出始めた。
「下水疫学から感染制御に貢献できる可能性があるのではないか」。そう判断し研究が始まった。同助教の国際共同研究グループは4月末に下水中の新型コロナに関する総説論文を世界で初めて発表し、その後も検査手法の確立につながる研究成果をあげてきた。
北島助教は研究のステップとして、①下水からウイルスが検出される理由、感染者のうち糞便から検出される人の割合について文献調査を行う、②様々な自治体に協力してもらいサンプルを採集する、③ウイルスの検出法を開発・確立する、④実際に検出作業を行う(実測)、⑤検査手法の一般化などを行い、企業や自治体でも検査が行えるようにしてリアルタイムでモニタリングできるようにする(社会実装)――の5つを考えているという。現在、遠くは福岡市など全国の自治体から送られてくるサンプルをいくつかの検出法を用いて検査しており、検出法の開発と実測を同時に進めている。
下水疫学調査はすでにノロウイルスやポリオウイルスで活用され、流行状況の把握や流行収束の判断のために用いられてきた実績があるが、「簡単に新型コロナに当てはめられるものではない」と同助教は話す。
新型コロナの調査が難しいのは今まで扱ってきたウイルスと構造が異なるほか、ウイルス濃度も高くないからだ。本来腸管で増えるウイルスではなく、感染者数が通常流行するものに比べ少ないため濃度が低くなってしまう。
そもそも、下水中のウイルスなど病原体の検出は、様々な排水や雨水が混じることで希釈されてしまったウイルスの濃度を高めるための濃縮法と、PCR法をはじめとした検査法を組み合わせて行う。しかし今まで使われてきた濃縮法と検査法の組み合わせには、上手く検出できないものもあることから、様々な方法を試し新型コロナに適した調査方法の確立を目指している。
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研究はまだ中盤ではあるが、検査法が確立され社会実装が行われた際には、様々な可能性が考えられるという。例えば感染者の多い地域を絞り込み、その地域で重点的にPCR検査を行うようにして感染拡大防止につなげることや、感染収束の判断材料として活用できるようになることなどを挙げた。
また、より将来的な活用方法についても2つ示した。一つは下水処理場に行き着いた下水を調査するだけでなく、病院や老人ホーム・寮などの施設の下水をモニタリングして流行状況を把握できるようにすること。もう一つは国際線の航空機の下水を検査することだ。機内のどれくらいの人が感染しているか、どこの国・地域から持ち込まれたかなどについて推定できるようにする。さらに、PCR検査だけでなくセンサーを使ったリアルタイムのウイルスの検出なども視野に入れている。
同助教は新型コロナで下水疫学のアプローチが確立され社会実装が進めば、「将来新たなパンデミックが起きた際に、すぐに新しいウイルスに対応できるようになる」と話し、研究・検査体制のほか、市民に対する情報発信のプラットフォームを確立することの重要性を語った。
【プロフィール】
きたじま・まさあき 本学大学院工学研究院助教。専門は環境ウイルス学・都市衛生工学。2011年に博士号(東京大学)取得。米アリゾナ大学博士研究員、シンガポールMIT・アライアンス・フォー・リサーチ・アンド・テクノロジー博士研究員を経て、2016年から現職。36歳。