好奇心が導いた「スマート農業」第一人者への道 ―農学研究院・野口伸教授 【教員紹介 第4回】
遠隔操作で動くトラクターや、農業用ロボットへのビッグデータの活用。こうした最先端の「スマート農業」研究を牽引する第一人者が、本学農学研究院・ビークルロボティクス研究室の野口伸(のぼる)教授だ。パイオニアとして現在の研究に至るまでの過程から、今後の展望までを聞いた。
はじまりは好奇心 「好きなことをやる」からひらけた研究の道筋
野口教授は本学農学部・農学研究科の出身。農業工学科(現・生物環境工学科)で農業機械や土木関係を学んだ後、院生時代はエンジンやバイオ燃料などについて研究を行った。農業機械の自動化の研究に着手したのは28歳で本学の助手になって以降だ。
研究テーマを変えたのは「出口が明確な研究をしたい」という動機と、「時間をかけてゆっくりやれる大学らしい研究がしたい」という好奇心からだった。当時は「スマート農業」という言葉もなく、GPSさえも高価で精度の低い時代。他に同様のテーマに取り組んでいる研究者はほとんどおらず、農業機械の「ガラクタ」を使って研究をしても十分に論文が書けた。研究初期は農業機械の安全性に関する研究など、「好きなことをやっていた」という。
徐々に道がひらけたのは30歳を超えた1990年代前半の頃。将来の人手不足を見込み、農業の省人化に注目が集まり始めた時期だ。野口教授は研究交流員として農林水産省所管の国の機関との共同研究を行うことに。研究テーマについて自ら売り込み、研究の機会を得た。ここから研究に「リアリティが出てきた」と振り返る。
米国の大学での研究、「日本人がいないところ」を探して
共同研究に続いて野口教授が取り組んだのは海外の大学での研究だった。当時は若手研究者が他大学で経験を積むこと自体珍しく、知り合いの研究者もいなかったが「ただ単に行ってみたかった」という好奇心も相まって研究場所を自らリサーチ。自分が関心を持っていたテーマに近い研究を行っている若い研究者がおり、かつ日本人がいない環境を論文を頼りに探した。教授が目をつけたのは米国のイリノイ大学。当時はインターネットが普及する前の時代で、誰かのツテを頼ることもなくFAXで連絡を取り、「いいよ」と快諾された。
こうしてイリノイ大学へ「若手研究員の在学研究」として渡り、自動走行技術などの研究に取り組むことに。当時の日本では珍しかった企業との共同研究が米国では既にさかんで、GPSを使ったロボットトラクターや農作物の生育状態を測るセンサーの研究などを行った。
米国での研究に至ったことついて、「人と違うことをしないといけない。大学の中でコツコツやっているだけではブレイクスルー(突破口)は見出せなかった」と野口教授。特に若い時に自ら動くことの重要性を知り、海外で仕事をする上でも大きな自信になったという。
プロジェクトへの参画で研究が進展
帰国後も日本国内での研究と並行して米国での共同研究は継続し、学生を引き連れて年に3~4回渡航を繰り返すことに。米国ではロボットを制御するためのアルゴリズム開発などのソフトウェアを研究、日本では安全性の向上などロボット全体の性能の改善に取り組んだ。
農業分野も含めた深刻な人手不足が政策課題となる中、日本では農業の省人化に向けた研究開発が加速した。野口教授の研究室では国のプロジェクトに継続的に参画し独自の研究に磨きをかけた。5~6年前からはスマート農業の社会実装に向けたプロジェクトが本格的にスタート。国が示した指針に沿い、民間企業も巻き込んで商品化への道を突き進んだ。
そして2017年。大手農機メーカーのクボタが自動化トラクターのモニター販売を開始し、18年にはクボタを含めた3社での販売開始に至った。この年は「ロボット農機元年」と呼ばれており、ロボットの遠隔監視や農場間でのロボットの移動などスマート農業の実用化が今後一気に進展するとみられている。
研究の傍ら、パイオニアとして政策提言も
野口教授は現在、全国的にも珍しいスマート農業研究の牽引役として多方面で活躍している。研究活動としてはNTTグループなどと連携し、位置情報や5G(次世代通信規格)などの通信技術を活用したロボットの遠隔監視システムの開発や、AIを使ったロボットの知能化などに取り組んでいる。また豊田通商・三菱総合研究所などと共同で電気自動車などのバッテリーを再利用した農業機械の電動化の研究も行うなど、最新技術を駆使した技術開発にも注力している。
ロボット分野の研究開発と同時に、スマート農業の社会実装に必要な法的枠組みなどの環境整備に向けた政策提言も重要な取り組みとして位置付けている。政財界や海外からの視察受け入れ実績も数多い。今後の主なテーマとしては、日本の農地の特徴に合わせた農機の小型化、AIを活用した農地管理・収穫作業の自動化、複数台のロボットを連係させるなどしたロボットの機能拡大などを掲げている。また、農作物の生産から収穫までで完結する従来の「プロダクトアウト型」の農業からの転換も提言。情報流通のプラットフォームを活用して消費者の動向までをトータルで把握することにより、日本の農業を成長産業として国際競争力を高めることも重要なテーマだと力説する。
「学生にしかできないことを」
学生に向けては、「学生にしかできないことをやるべき」と語る。勉強も重要だがそれ以外に何か集中できるものに諦めずに取り組むことは、将来にとっての糧になるとエール。また、海外で学ぶことに関心を持つ学生が決して多くはないと述べた上で、視野を広げるためにも「どんどん外(海外)に出て若いうちに異文化を経験するべき。やっぱり日本人はシャイだ」と自身の経験も踏まえ、海外で経験を積むことの重要性にも言及した。