一所懸命 24時間365日、市民の生活に向き合う日々 ―秋元克広札幌市長【北大人に聞く 第4回】
本学卒業生が活躍する舞台は多岐にわたるが、その中で最も責任重大な仕事を担う代表格が自治体の首長だ。本学札幌キャンパスが位置する札幌市の秋元克広市長もその1人。「北大人に聞く」4回目は北海道を代表する大都市札幌のリーダーの生い立ちに迫る。
民間志望から一転、「実力試し」で受けた札幌市役所へ
秋元市長は夕張市出身。「地元(北海道)の国公立大学で勉強がしたい」と本学を受験した。(当時は学部別入試がなかったため)入学以来法学部を志望し、司法試験受験も視野に入れて学部配属後も熱心に勉強を続けた。その傍ら、友人に誘われて入ったAIESEC(海外インターンシップを運営する国際的な学生団体)での思い出が印象に残っているという。世界中の学生や企業と交流をする中で経済や経営の面白さを実感したこともあり、就職に関しては完全に民間企業を志望するに至った。
公務員採用試験の受験に向けた準備はしていなかったが、友人と「実力試し」で札幌市役所を受験したことで転機が訪れた。面接では「札幌の地下鉄をどう思うか?」との質問に対して「他の鉄道会社と直通運転ができず、ゴムタイヤ(を採用していること)が禍根を残すのでは?」と答え、面接官から罵倒される一幕も。合格はできないと思ったものの、市役所を受験したことがまちづくりへの興味関心を持つきっかけになったという。
予想とは裏腹に試験には合格した。既に内定を受けていた民間企業への就職をあえて断り、市役所に入庁することに。内定を辞退した企業の人事担当者に言われたのは、「(市役所への入庁は)面白いかもしれない」という意外な一言だった。
様々な部署で培った経験とバランス感覚が強みの「即戦力の市長」に
ゆりかごから墓場まで、人の一生を目の当たりにする区役所での窓口業務を皮切りに、市役所への入庁後は様々な部署で仕事を経験した。特に役に立ったのは社会との接点を多く持つ仕事を経験したことだという。広報課でマスコミを相手に情報提供に携わり、交通計画や企業誘致に関わる部署でも市役所外とのやりとりや調整を担った。それらの部署での経験や、副市長を務めたことなどで全体を見ながら市役所の業務を回す素地が徐々に形作られた。
人口が頭打ちとなり、1972年の冬季オリンピックを機に整備されたインフラの作り変えなどの課題にも直面し札幌市は転換期を迎えていた。政治家になることは考えていなかったが、「札幌市の現状をよく知っている人に出て欲しい」との声を周囲からもらい、2015年の市長選に立候補を決意。初当選を果たした。
「一所懸命」をモットーに挑戦は続く
市長に就任して以来、約190万人の市民の生活を守る責任の重さを痛感する日々。「市民ひとりひとりの生活がスムーズにいくかどうか」を常に考え、時間を惜しまず日々奮闘している。『誰もが安心して暮らし生涯現役として輝き続ける街』、『世界都市としての魅力と活力を創造し続ける街』を目指し、「未来を担う子どもたちを想いながら市民の皆様と共に確かな歩みを進めていきたい」とさらなる邁進へ意気込む。
学生に向けても「その場その場で自分のできることを精一杯やったと言える状況を作ってほしい」とエールを送る。とは言え「まずは勉強を」と、バランスを重視する市長らしさを垣間見せた。
<秋元克広札幌市長 プロフィール>
1956年2月2日生まれ。夕張市出身。1979年に本学法学部を卒業・札幌市役所に入庁し、南区長・市長政策室長・副市長などを歴任。2015年の市長選挙に立候補・初当選。現在1期目(2019年2月時点)。